Louis's Corpus

漫画「Final Phase」の登場人物『羽貫琉伊』の公式ブログです。 「Final Phase」はフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。

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ハンタウイルスについて⑥「症状、治療、対策」

おはようございます。
ながながと説明してきたハンタウイルス話ですが、今回はどんな症状が出て、どのように治療が可能で、どのような対策がとれるのかをみていきましょう。
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ハンタウイルス感染症は大きく分けて、旧大陸型のハンタウイルスが原因である腎症候性出血熱(HFRS)、新大陸型のハンタウイルスが原因であるハンタウイルス肺症候群(HPS)の二種類があるという説明はもうしましたね。これらの二種類のハンタウイルスはどちらも「血小板減少」と「血管透過性の亢進」を引き起こします。(「血管透過性の亢進」というのは血管が壁に穴をあけて中身を出してしまっているような状態のことです。これが起こると肺が体液で水浸しになったり、皮下出血が起こったりします。)これらが腎機能障害や呼吸器症状の原因になります。
発症までの潜伏期は平均2−3週間。前駆症状として、発熱、筋肉痛、頭痛、背部痛、腹痛、下痢症状がおこります。(HFRSでは視野傷害の報告例もみられます。)これらは風邪の症状に似ていて見分けるのは簡単ではありません。
腎症候性出血熱(HFRS)の場合は、前駆症状に引き続き、蛋白尿、白血球減少、肝胆道系酵素の上昇、点状出血などの所見となります。主に腎機能障害が主体であるので、乏尿期には人工透析が必要になります。
一方ハンタウイルス肺症候群(HPS)の場合は頻呼吸を特徴とする呼吸困難が急速に出現し、肺水腫、低血圧性ショックにより非常に急激に悪化するため、気管挿管して呼吸管理が必要になることが多くあります。

これまでのところ、ハンタウイルス感染症に有効な治療薬は開発されておらず、前述のような透析管理、呼吸管理を含めた集中治療室での全身治療を行うしか救命の手だてはありません。

近年は、ハンタウイルス肺症候群(HPS)に対してのECMO : extracorporeal membrane oxygenation(対外膜型酸素付加装置)の有効性も報告されています。治療においてステロイド投与をするかどうかは議論の分かれるところで、ハンタウイルスのうちのひとつPuumala virusの感染によるHPS症例に対してのコルチコステロイドの投与の効果が報告されていますが、今後の更なる検討が必要な治療法のうちのひとつであるといえるでしょう。

またC型肝炎ウイルスの治療薬であるリバビリンの効果は以前より報告されており、中国における腎症候性出血熱(HFRS)の治療の臨床的検討では、死亡率の劇的な低下が報告されました。しかしながら、ハンタウイルス肺症候群(HPS)に対しては、はっきりした効果は確認されていません。近年、インターフェロンインフューザーであるチロロンと、リバビリンを併用することで抗ウイルス効果があることがマウスの実験で確認されているが、リバビリンの投与自体は現在ではHPSのスタンダードな治療として推奨されておらず、更なる検討が待たれています。

HVの予防ワクチンは、中国と韓国で実用化されており不活化ワクチンが用いられていますが、いずれも旧世界型ウイルス、すなわち腎症候性出血熱(HFRS)に対してのものであるため、新大陸型ウイルスにより引き起こされるハンタウイルス肺症候群(HPS)の予防には効果はありません。以前説明したように新大陸型でも旧大陸型でも使えるワクチンを開発することがハンタウイルスの研究者の大きな目標です。

難しい言葉が多かったので読みづらかったかもしれませんが、ともかくハンタウイルスのせいで起こる感染症の治療はなかなか大変だということがお分かりいただけたでしょうか?しかも旧大陸型のハンタウイルスに効く不活化ワクチンは日本で販売されていませんし、新大陸型のハンタウイルスに効くワクチンはまだありません。

ハンタウイルス感染症を減らすための最も効果的な方法は、何度も言っていますが、「感染した齧歯類(ネズミ)やその排泄物との接触をさけること」です。ちなみに最近の研究で齧歯類だけでなく、トガリネズミ(ネズミって名前だけど齧歯類ではなくモグラやハリネズミと近縁のグループの動物)やモグラ由来の新たなハンタが出てきていて、人間に病原性があることがわかってきています。なのでより正確に言うならば、ネズミ、トガリネズミ、モグラに近づくな!ということでしょうか?

屋外での活動中はこれらの動物のの巣付近へ近寄ることは避け、屋内は清潔にし夜間は食べ物や水を放置しないこと。長年放置していてネズミが糞などをしていそうな建物の掃除などをする場合は窓を開け、マスクをして掃除してください。

ハンタウイルスへの対策だけでなく感染症への対策は基本的に清潔に健康的に生活することです。
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  1. 2011/12/13(火) 10:01:00|
  2. ハンタウイルスについて

ハンタウイルスについて⑤「ハンタウイルスの研究はなぜ進まないのか?」

こんばんは。羽貫です。

ハンタウイルスについてのエントリー第5回目は、今ハンタウイルスについてどのような研究が行われているかについて説明していきたいと思います。

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ハンターンウイルスが分離されて35年、新大陸型ハンタが発見されてからは20年近く経とうとしていますが、ハンタウイルスの研究はなかなか進んでいないのが現状です。これは決して僕たちがさぼっているからではなく、ハンタウイルスの自然宿主がげっ歯類であるということと関係しているのです。なぜそうなると研究が進まないのかという事を理解するには、少し脱線しますが、寄生体と宿主の関係について説明しなければなりません。

一口に寄生といっても、自然界には様々な寄生の形があります。まず思い浮かぶのはいわゆる寄生虫というやつですね。人間に寄生するサナダムシとか、回虫なんかは目に見えて分かりやすい寄生の形と言えます。病気に関わる菌やウイルスもほとんどが寄生体です。彼らは宿主である人間や動物の体内に寄生して養分を横取りします。ウイルスの場合は宿主細胞を乗っとって子孫を作らせたりもします。
私たちの腸内に大量のいわゆる善玉菌がいるように、寄生そのものが必ずしも感染症に結びつくわけではありません。寄生体の基本的な存在目的は増殖です。しかし寄生体が宿主の復元力をこえて増殖すると宿主は病気になります。これは短期的にはいいかもしれませんが、長期的には次の宿主を探すというリスクを伴います。その結果、宿主と適度に安定した関係を結ぶ寄生体が生き残ることになります。寄生蜂など、宿主を最終的に殺してしまうような寄生の形はごく限られた例なのです。
ではなぜ宿主と共存すべき寄生体が病原体になってしまうことがあるのでしょうか?それは寄生体と宿主の安定していた関係が崩れたからです。寄生体は環境が変わるとうまく宿主と共存出来ず病気にしてしまうのです。そこにはいくつかのパターンがあります。
まずは宿主が弱っている場合です。健康な状態の宿主とならうまく共存できる寄生体も、宿主の免疫力の低下によって病原体となってしまうことがあります。医学的には日和見感染ってやつですね。
そしてより深刻なのが、違う種の宿主にうっかり感染してしまった場合です。これが最も重篤な症状を起こします。以前説明した人獣共通感染症(zoonosis)はこれにあたります。
(他にも特定の個人のみに感染をおこす結核やB型肝炎などがありますが、詳しい説明はまたいつかにしましょう。)

ずいぶん脱線しましたがハンタの話にもどります。ハンタウイルスの自然宿主はネズミです。ハンタウイルスは世界中のネズミと共存しているのです。そのためネズミにハンタウイルスを感染させてもなんの症状も起こしません。これを不顕性感染(inapparent infection)といいます。ハンタを感染させたりワクチン接種を接種させたりしてもネズミは元気なままなので、症状に対する免疫防御機能の要素を分離することは困難です。

つまり何が言いたいかというと、マウス(ネズミ)での実験が全く出来ないせいで、ハンタウイルスの研究はなかなか進まないのです。

ハンタウイルスはマウスのみならずほとんどの動物で顕正の症状を引き起こしません。霊長類はPuumala virusに感染すると腎症候性出血熱起こすのですが、霊長類を使った実験には莫大なお金がかかります。これまでのところ、唯一アンデスウイルスでsyrianハムスターがハンタウイルス肺症候群(HPS)に似た症状を起こすというのだけが分かっているので、これが研究者の一縷の望みです。

僕たちがさぼっていない事がわかっていただけたでしょうか?ともかく実験が困難であるという理由でハンタウイルスの研究はなかなか進んでいないのです。しかしネズミのいる所にはハンタがいるので、研究自体は世界中で行われています。ハンタウイルスの研究者の大きな目標は新大陸型でも旧大陸型でも使えるワクチンを開発することです。ロシアや中国では現在このようなのワクチンを研究中です。
一方、少し前の学会で「感染したシカネズミと未感染のシカネズミを同居させても同居感染が起こらなかった。」ということが発表されるなど(つまり自然界のシカネズミ同士でどうやってウイルスが伝播されるのかわからない)ハンタの研究はまだまだ前途多難といえるでしょう。このウイルスのメカニズムが全て解明されるのはまだまだ先のことになりそうです。

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  1. 2011/12/01(木) 21:12:59|
  2. ハンタウイルスについて

ハンタウイルスについて④「アルゼンチンにおけるヒト−ヒト感染」

こんにちは。羽貫です。
さてさて、ハンタウイルスについての説明もはやくも4回目ですね。今までは、こんな風にハンタウイルスがおこす感染症について分かってきましたよ。という話をしてきました。ところが今回の話はちょっと違います。
今回取り上げるのは1996年、アルゼンチンでおきたハンタウイルスによるアウトブレイクの話です。このアウトブレイクはとてもユニークで深刻なアウトブレイクでした。ハンタウイルスは今までネズミからヒトにしかうつらないとされていましたが、このアウトブレイクではどうもヒトからヒトにハンタウイルスの感染が広がったようなのです。

以下はそのときの記録を僕がざっくり日本語訳し要約たものです。くわしくはこちら(英語)をお読みください。かなり長いですが興味深い記録なので、感染経路などを推理してみてください。このアウトブレイクで何が起こったかは未だに分かっていないのです。


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1996年9月22日、海抜約350mのアンデスの丘陵地帯に位置する田舎町El Bolsonに住む41歳男性(患者Iとする)がハンタウイルス肺症候群(以下HPS)を発症しました。彼はICU管理が必要となり、150km離れたBariloche(人口80000人)の町に移送され、ELISA法によるシンノンブルウイルスに対するIgM抗体の特定と、RT-PCR法によるHVのRNAが検出の結果、シンノンブルとは異なる新たなハンタウイルスが原因であることが判明しました。
患者Iの発症から21日後に母親(患者B)、20日後に主治医(患者A)がHPSに罹患。患者Aの配偶者の医師(患者C)は、患者Aの死後19日後にHPSに罹患しました。
患者Cは首都Buenos Airesの病院を受診しました。そこで彼女の病歴聴取と検査を1時間にわたって行った医師(患者D)は、その24日後にHPSにかかりました。患者DはBuenos Airesの外に出たことは無く発症2ヶ月前の期間中にネズミとの接触歴もありませんでした。患者Dは、患者Cの静脈穿刺した部位を圧迫するのに何層も重ねたガーゼを使ったので、明らかな血液暴露はなかったものと考えられています。そのほか、患者CとDの間での唯一の接触は、患者Cは首都Buenos Airesの病院を受診してから2日後のものであり、Dが病院のICUに別の患者のことでちょっと立ち寄った、というものでした。
Buenos Airesの40歳の医師(患者E)は、友人である患者Cが入院した17日後にHPSを発症。患者Eは患者Aの友人でもあり、患者Aの死後3日間El Bolsonに滞在していました。E医師は入院中のCも頻繁に訪問していましたが、患者Cを含むHPSの患者の治療には関わっていませんでした。
5人目の医師のHPS患者(患者F)は、患者Bに気管挿管し患者Iと患者Gを診察しました。彼は同僚である患者Aと日常的な接触があり、患者Iの妹(患者H)、義理の弟(患者J)、友人(患者K)との会話したこともありました。
El Bolsonから250マイル離れたJacobacciの町で行われたBの葬儀の場では、Iの家政婦(患者L)に既にHPSの兆候があらわれていた。彼女は、車で患者H, Jと彼らの娘(患者M)とともにBuenos Airesに戻りました。HPSの兆候は、これら三人にもこの11日後からそれぞれ現れました。患者Hと患者Jは患者Iの家に泊まったことがありましたが、患者Mは、この葬儀以前にEl Bolsonに来たことはありませんでした。

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2つめのHPS症例のグループは、Barilocheの町で発生しました。新たな患者はEl Bolsonの患者が運ばれた病院(ベッド数40床、ICU3床の近代的な病院)に関係のある4人でした。病院の夜間受付係の患者N、HPSに無関係の患者の見舞いに来た患者O、27歳男性の患者Pとその妻である患者QがHPSを発症したのです。患者Pと患者Qは、9月20日(彼らの胎生27週の子供が生まれた)から10月27日(その赤ん坊が亡くなった日)までの間に、何度も来院しており、患者Nとの接触の機会が何度もありました。患者P、患者Q、患者Nの3人は、共用の金属製のストローを使用してマテ茶(アルゼンチンで飲まれるお茶)を一緒に飲み、患者Pは患者Nの野営テントのベッドで一緒に寝たりしていました。患者Pと患者Qの赤ん坊は腹部膨満とショック症状により生後37日で死亡しました。臨床所見からは壊死性腸炎が考えられましたが、この乳児の血清学的あるいは組織学的検査からは確定診断は得られませんでした。
El Bolsonでの残りの3人のHPS患者は、44歳男性の患者G、29歳男性の患者R、14歳男性の患者Tです。患者Gと患者Tは、他のHPS患者の中に友人や知り合いが何人かいたが、症状が現れるまでの6週間までの期間中に、HPS患者との接触機会はありませんでした。
患者Rと患者Uは両方とも、同時に発生した散発性のHPSと考えられました。患者Rはチリの山間部に住んでおり、El Bolsonに来てからHPSの兆候が現れました。患者Uは、El Bolsonの150km南の国立公園で働いていた33歳男性で、El BolsonのHPS患者と接触する機会は無かったものと考えられます。

全体的に見て、20人の患者のうち11人(55%)が男性、平均年齢は38歳(13-70歳に渡る)、死亡率は50% (死亡したのは患者I, A, B, E, L, N, O, P, Qの9人)でした。11月から12月にかけては9人中3人が死亡したのに比べて、10月に発症した7人のうち6人が死亡と、死亡率はアウトブレイク後半のほうが低下しました。臨床症状は、アメリカにおけるHPSによく似ていましたが、結膜充血、頭頸部の皮膚紅潮という所見がいくつか見られました。咳症状は少なかったことから、咳による飛沫感染はヒトーヒト感染の決定因子では無いということが考えられます。

このアウトブレイクに関しての調査では、最初の患者Iが発症する数週間前にBとLと共に移り住んだEl Bolson郊外の「レンガ作りの家」が注目されました。二人の医師(患者Aと患者F)と、患者Hと患者Jはこの家の訪問歴がりました。患者の発症から1ヶ月後、この家と付近の建築物が詳しく調べられたが、ネズミが居た証拠となるものは発見されませんでした。El BolsonとBarilocheの患者の住居の周辺地域と、自然区域におけるtrap success(100晩罠を仕掛けて捕まえられたネズミの数)の結果からは、この時期に特にネズミが増加していた訳では無い、ということが分かっています。


いかがだったでしょうか?このアウトブレイクは未だに謎だらけです。ヒトからヒトへの感染があったのは確実と考えられていますが、感染経路(直接的な接触?糞尿?感染性のあるエアロゾル?汚染された何らかの媒介物?)は未だに判明していません。ハンタウイルスは分離培養がなかなか難しいので、病気のどの時期で感染するのか、接触方法や接触持続時間がどのくらいだと感染するのか、なども現在のところ全く不明です。さらに感染最初の発症者、患者Iがネズミと接触した形跡がないとすると、このウイルスは一体どこからやってきたのでしょうか?

出典
CDC,EMERGING INFECTION DISEASES,Volume 3, Number 2—June 1997
Dispatch,An Unusual Hantavirus Outbreak in Southern Argentina: Person-to-Person Transmission?
Rachel M. Wells*, Sergio Sosa Estani†, Zaida E. Yadon‡, Delia Enria¶, Paula Padula‡, Noemi Pini†, James N. Mills*, Clarence J. Peters*, Elsa L. Segura‡, and the Hantavirus Pulmonary Syndrome Study Group for Patagonia §

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  1. 2011/11/24(木) 12:44:11|
  2. ハンタウイルスについて

ハンタウイルスについて③「アメリカでのアウトブレイク」

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おはようございます。羽貫です。
週末からちょっとアメリカに行ってCDCに顔をだしてきました。CDCとはアメリカ疾病管理予防センター(Centers for Disease Control and Prevention)の略です。CDCはアメリカ政府の機関ですが、パクス・アメリカの精神のもと、世界的に大きな影響力を持つ研究機関です。2003年のSARSのアウトブレイクの時に最初に警告を出したのは WHOではなくCDCでした。CDCのサイトを見ていただければわかるように、世界中の様々な疾病に目を光らせ研究を続けています。そしてここはハンタウイルスの研究者のメッカでもあるのです。なぜならばアメリカにおいてハンタウイルスがとてもホットなウイルスになってしまう事件があったからなのです。
前回は主に日本とユーラシア大陸で流行った旧大陸型ハンタウイルスについて説明しました。今回はハンタウイルスによる感染症は存在しないと思われていた新大陸で、ハンタウイルスのアウトブレイクが起きた話をしたいと思います。それは今からほんの少し前、1993年の出来事でした。


1993年5月、アメリカ南西部ニューメキシコ州で謎の肺病が大発生しました。
最初に注目された患者は、アメリカインディアンのナバホ族の若い成人男性でした。彼はもともと健康体だったにもかかわらず、インフルエンザという診断を受けたわずか数日後に頻呼吸(呼吸数が増加し、かつ呼吸が浅い状態。)におちいり、搬送先の病院で死亡したのです。彼の急激な死の原因は不明でした。ある医師が、この男性の婚約者が2−3日前に同様の症状で死亡したということ知り、これは新たな感染症なのではないかと疑ったことで、このアウトブレイクは「発見される」ことになります。その後行われた州全域での調査によって、新たに5人の健康な若者が同様の急激な呼吸障害をおこし、全員が死亡していたことが分かったのです。この感染症による死亡者のほとんどはARDS(急性呼吸窮迫症候群:重症の状態の患者に突然起こる呼吸不全の一種)などと診断され、情報の共有は行われていませんでした。
死亡患者は全員、重症の肺水腫(肺の実内部に自分の体液が染みだして溜まった状態。溜まった水分により呼吸が障害され、呼吸不全に陥る。)をおこしていました。そのため肺ペストやマイコプラズマ肺炎がうたがわれ検査がおこなわれましたが、これらの推測は否定されました。また感染者の発症した地域が広いことも謎を深めました。さらに最初の患者の数人がナバホ族だったことが報道されると、この感染症は「ナバホ病」などとよばれるようになり、ナバホ族への過剰な取材合戦や差別が起こりました。ナバホ族はより閉鎖的になり、調査はより困難になりました。おかげでナバホ族の居留地政府や現地の病院のスタッフがこの感染症の調査の必要性について訴えてまわらなければなりませんでした。
次の週数間のうちに患者から採取されたいくつかの検体がCDCに送られ、さまざまな種類の検査が行われました。そのうちの一つ、各地の出血熱を判定出来る「免疫グロブリン獲得検定法での調査」の結果、検体の血清はハンタウイルスに反応したのです。慎重に検証を重ねた結果、血清学的には今回の肺症候群がハンタウイルスによるものであることはが証明されました。しかし、アメリカ大陸でハンタウイルスに関連した感染症が確認されたことは今までありませんでした。この感染症は未知のハンタウイルスのものであると疑われました。

ハンタウイルスが、齧歯類により感染することは長年の研究で既に知られていたました。そこでまず、この地域に住んでいる齧歯類の種類が調査されました。1993年の7月から8月中旬にかけて、患者の居住地域のネズミが、屋内外を問わずに捕獲されました。(比較検討のために患者の居なかった地域のネズミも捕まえられました。)約1700匹のネズミが捕まえられ、解剖されて検体がCDCに送られました。その結果、罠でつかまった齧歯類のなかのシカネズミの血中からハンタウイルスの抗体が見つかったのです。シカネズミは一般的には屋外で生息していますが、郊外では人の家や納屋の中など巣をつくります。この時の調査で捕らえられたシカネズミの約30%がハンタウイルスに感染していました。

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シカネズミが今回のアウトブレイクの原因であるということをよりはっきり証明するために調査はまだまだ続きます。次のステップとして、感染したシカネズミと患者との関係を指摘するためのケースコントロール調査行われました。これは、患者の出た「症例群」の家と患者の出ていない「コントロール群」の家とを比較し、感染症の原因を探る調査です。結果として、「症例群」の自宅付近でより多くのシカネズミを捕らえたことから、患者はシカネズミとの接触がより多かったであろうことが予想されました。加えて、「症例群」の家では家の周りを整えて庭などに植物を植えている傾向がありました。これらの庭いじりの作業のために納屋や物置に出入りしたことでシカネズミとの接触機会が増加した、ということも予想されました。

1993年11月、CDCの研究チームは、New Mexico州の患者宅付近で捕獲されたシカネズミから採取された検体から培養されたウイルスを分離特定に成功しました。ウイルスは当初、このウイルスが発生した地域の名前を取ってムエルトキャニオンウイルス(Muerto Canyon Virus)と名付けられました。しかしムエルトキャニオンはナバホ自治区に二カ所あり、もう片方のムエルトキャニオンがナバホ族の悲劇の場所であったことから、後にシンノンブルウイルス(Sin Nombre Virus)という名称に変更されました。シンノンブルとは名無しという意味です。新しいウイルスの名前はそのウイルスが発見された場所の名前を取ることが多いのですが、このウイルスの名前になることを、どの場所の住人も嫌がったのです。
このウイルスにより引き起こされる新しい病気は、ハンタウイルス肺症候群 (Hantavirus Pulmonary Syndrome;HPS)と呼ばれるようになりました。
その後の調査研究により、このウイルスは以前からシカネズミに保有されており、古くからHPSの散発的な発生があったことが確認されました。これより以前に「謎の肺病」で死亡した患者の検体を調べたところ、いくつかの検体からシンノンブルに感染した証拠が見つかったのです。現在では1959年ユタ州で死亡した38歳男性というのが、ハンタウイルス肺症候群の証明できる最初のケースだったと考えられています。

このように、ハンタウイルス肺症候群はそれまで医療関係者の間で全く知られてなかったにも関わらず、実はナバホ族の間では「急性の経過をたどる肺病」として広く知られたものでした。彼らの医療的伝統では、これがネズミに関連しておこるものであり、「ネズミを排除することで病気を予防できる」ということが伝えられていたのです。さらに、伝染病の発生当初からナバホの占い師は天候が今回の感染症の原因だと訴えていました。科学者は彼らの訴えを真剣にとりあっていませんでしたが、現在では1993年のアウトブレイクの原因は前年度からのエルニーニョ現象であったと考えられています。エルニーニョによる降雨量増加により北米の砂漠地帯が緑地化したため、前年比10倍という齧歯類の爆発的な繁殖をもたらし、シカネズミとヒトとの接触機会が格段に増加したのです。

1993年以降、米国以外のアメリカ大陸諸国でもハンタウイルス肺症候群の発生は相次いで確認されるようになりました。カナダ、アルゼンチン、チリ、パラグアイ、ウルグアイ、ブラジル、ボリビアなどで計1000 人以上の患者がハンタウイルス肺症候群に感染したと報告されています。またハンタウイルス肺症候群を引き起こすハンタウイルスは一種類ではなくBayou、Black Creek Canal、NewYork-1などの新種のハンタウイルスが相次いで発見されました。これらはひとくくりに新大陸型ハンタウイルスと呼ばれています。
ハンタウイルス肺症候群も腎症候性出血熱と同様に感染齧歯類の排泄物の吸引により感染が起こります。そのため対策は腎症候性出血熱と同じです。(ともかくネズミ、ネズミのいそうな所をさける。ホコリを吸い込まない。)新大陸型ハンタウイルスにはワクチンはまだなく、治療法も確立されていません。致死率は37%程度と未だ高いままです。

このようにハンタウイルスは旧大陸型、新大陸型ともにネズミからの感染のみで、ヒトからヒトへの感染は無いものと考えられていました。ところがその常識を覆すアウトブレイクが、1996年アルゼンチンで発生したのです。
次回のエントリではこのアウトブレイクの謎解きをしたいと思います。





ウイルスX―人類との果てしなき攻防

1993年のハンタウイルスのアウトブレイクについて本でしっかり読みたい方はフランク・ライアン氏のこちら本をどうぞ。ちょっと古いし、ウイルスと対決!みたいなタイトルが個人的にはあまり好きではありませんが、ハンタについてしっかり取材してあって、面白いですよ。ハンタの他にもエボラやエイズについてふれられています。



破壊する創造者―ウイルスがヒトを進化させた

同じくフランク・ライアン氏の最近の一冊。こちらはウイルスが生物の進化に果たした役割について書かれた力作です。
ウイルスが人類の敵だと思っているひとはぜひ読んで目から鱗落としてください。



参考文献
苅和宏明: ハンタウイルス感染症. モダンメディア (2004)
Zhenqiang Bi et al. : Hantavirus Infection. J Infect Developing Countries (2008)
Detlev H. Krüger et al. : Human pathogenic hantaviruses and prevention of infection. Human Vaccines (2011)
参考サイト
http://www.cdc.gov/hantavirus/

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  1. 2011/11/22(火) 09:18:53|
  2. ハンタウイルスについて

ハンタウイルスについて②「日本とのかかわり」

こんにちは。羽貫です。

今日もハンタウイルスについて説明していこうとおもいます。前回のエントリーはこちら
今回は皆さんに少しでもハンタに興味をもってもらうために、ハンタウイルスと日本とのかかわりについて書いてみます。

そもそも日本にはハンタウイルスによる感染症は存在しませんでした。しかしユーラシア大陸全土には古くから旧大陸型ハンタウイルスによる様々な種類の出血熱が存在していて、割と有名だったのです。(なんでも10世紀の中国の文献にすでに記載されているらしい。)

この感染症は永らく病原因子が不明だったので各流行地においてその場所の風土病と考えられ、韓国では「韓国出血熱」、中国では「流行性出血熱」、旧ソ連では「出血性腎症腎炎」、スカンジナビア諸国では「流行性腎症」という風に、色々な病名で呼ばれていました。これらは全て旧大陸型ハンタウイルスのせいだったわけです。

出血熱とはなにかというと、読んで字の通り熱が出て出血する病気のこと。(有名なのはエボラ出血熱ね。)大陸型ハンタウイルスによって引き起こされる出血熱の一つ、腎症候性出血熱(HFRS : hemorrhagic fever with renal syndrome)にかかると、まず発熱、筋肉痛、頭痛、背部痛、腹痛、下痢症状などが前駆症状としてあらわれ、続いて、蛋白尿、白血球減少、肝胆道系酵素の上昇、点状出血(皮膚の表面に内出血の痕が赤く出てくる)などがあらわれます。

根本的な治療方法はないので対症療法が基本になります。病名からもわかる通り主に腎機能障害が主体なので、乏尿期には人工透析が必要になります。(後遺症として一生人工透析が必要になる場合もあるんだよ。)致死率は現在でも未だに5%と高いけれど、昔はもっと高い病気でした。

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日本とハンタウイルスのかかわりは日本が旧満州(現中国北東部)に満州開拓団を送り込んだことから始まります。開拓団の日本人が現地で大陸型ハンタウイルスに感染し、腎症候性出血熱にかかって次々と死亡したのです。
さらに1938年旧日本陸軍がこの地域に進駐した頃、「突然の高熱、高度の蛋白尿、出血素因等を主症状とする急性熱性疾患(つまり腎症候性出血熱)」が流行しました。以降、この地方の軍隊内では毎年この病気の発生が続き、トータルで約1万人の患者が発生、その10%以上が死亡するという惨事になりました。この病気は発生地の名前から孫呉(そんご)熱、虎林(こりん)熱等の名称で呼ばれ恐れられていました。(同じ頃アムール川対岸のソ連軍も同じ病気に悩まされていました。)

この「急性熱性疾患」は陸軍軍医団においてかなり熱心に研究さることとなります。その結果これらの風土病は「流行性出血熱」と命名して統一され、「マンシュウセスジネズミに寄生したトゲダニが媒介するウイルス性疾患」であると結論付けられました。ダニが媒介するというのは間違ってるけど、ネズミが原因と考えたのは合ってますね。

ちなみにことのとき流行性出血熱の研究に深く関わったとみられるのが悪名高い「あの部隊」です。そのためにハンタウイルスには暗いイメージがつくようになり、後にさまざまな陰謀説が唱えられるようになりました。
実はこのあたりの話は僕がハンタウイルスの研究に携わっている理由と関係しているのですが、ここではのべません。

そして戦後、こんどは日本でハンタウイルスによるアウトブレイクがおこりました。

1960年代には大阪梅田周辺の繁華街を中心として、ドブネズミが感染源と疑われる腎症候性出血熱が発生。当時はハンタウイルスが原因とはわからず、「梅田奇病」と呼ばれていました。限られた地区の住民119 名が発症し、そのうち2名が死亡しています。感染源としてネズミが疑われながらも、確認されるまえにアウトブレイクは自然消滅。1980年にハンタウイルスによるものであったこのが確認されました。
このアウトブレイクに関しても、前述の部隊のイメージと、なぜこの時期にこの場所にだけ出現したのかなどの理由が不明なせいで、様々な陰謀説が飛び交っています。

さらにその後、1970〜84年まで、全国の大学や研究機関の実験動物施設で実験用ラットを介した腎症候性出血熱の感染が発生。感染したラットが確認されたのは全国21の期間におよび126名が発症、うち1名が死亡しました。流行のあった実験施設では、施設の閉鎖され、全ラットの安楽死がなされました。

その後、日本国内での患者発生は認められていません。(そして僕の研究費は少ない。)しかし、ドブネズミや野ネズミを対象にした疫学調査では、日本全国20箇所の港湾地区で捕獲された齧歯類がハンタウイルスに感染していることが明らかになりました。今後何らかの原因で人と齧歯類の接触機会が増加した場合、ハンタウイルス関連疾患の再流行が起こる可能性が懸念されています。

ここで日本以外の話もしておきましょう。

ハンタウイルスの研究が飛躍的に進むことになったキッカケは1951年から1954年にかけての朝鮮戦争でした。このとき米軍ははじめてこの病気に遭遇し3000人以上が感染したのです。(感染症の世界には「白人が一人死ぬまでその病気は存在しない」といういやなコトバがあります。)
そして1976年に高麗大学のHo Wan Leeが自然宿主のセスジネズミから原因ウイルスの分離に初めて成功しました。このウイルスはセスジネズミの捕獲場所である「38度線近くを流れる漢灘江の名前(Hantaan river)」をとってハンターンウイルスと名づけられました。

腎症候性出血熱は決して過去の病気ではありません。中国では現在でも、医療当局が把握しているだけで年間約10万人の患者が発症していると言われています。(韓国では数百人、欧州全域では数千人程度の患者発生があると推測されています。)
流行地域を訪れる時はネズミがいるような場所はさけ、清潔な場所に寝泊まりし、ホコリを吸い込まないようにしてください。
ちなみに旧大陸型ハンタウイルスには現在不活性ワクチンがあり(米軍が開発した)、韓国、中国で発売されています。


今回のエントリーはここでおしまい。
多少はハンタウイルスに興味をもっていただけたでしょうか?

次回は対岸の火事だと思っていたアメリカ大陸がハンタウイルスに襲われる話をしましょう。



参考文献
げっ歯類媒介性人獣共通感染症としてのハンタウイルス感染症対策 有川二郎 ウイルス53(1),63-69,2003
腎症候性出血熱 有川二郎、橋本信夫 ウイルス36(2),233-251,1986
大阪市内に見られる流行性出血熱 田村雅太 生活衛生第10巻第4号,1966
急性腎不全 菱田明 日腎会誌2002;44(2):94-101

テーマ:医療・病気・治療 - ジャンル:心と身体

  1. 2011/11/15(火) 14:56:09|
  2. ハンタウイルスについて
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プロフィール

Author:羽貫琉伊
漫画「Final Phase」の登場人物。
架空の人間。
ウイルス、感染症、疫学の研究をする日々。
専門はハンタウイルス。

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