Louis's Corpus

漫画「Final Phase」の登場人物『羽貫琉伊』の公式ブログです。 「Final Phase」はフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。

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ハンタウイルスについて④「アルゼンチンにおけるヒト−ヒト感染」

こんにちは。羽貫です。
さてさて、ハンタウイルスについての説明もはやくも4回目ですね。今までは、こんな風にハンタウイルスがおこす感染症について分かってきましたよ。という話をしてきました。ところが今回の話はちょっと違います。
今回取り上げるのは1996年、アルゼンチンでおきたハンタウイルスによるアウトブレイクの話です。このアウトブレイクはとてもユニークで深刻なアウトブレイクでした。ハンタウイルスは今までネズミからヒトにしかうつらないとされていましたが、このアウトブレイクではどうもヒトからヒトにハンタウイルスの感染が広がったようなのです。

以下はそのときの記録を僕がざっくり日本語訳し要約たものです。くわしくはこちら(英語)をお読みください。かなり長いですが興味深い記録なので、感染経路などを推理してみてください。このアウトブレイクで何が起こったかは未だに分かっていないのです。


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1996年9月22日、海抜約350mのアンデスの丘陵地帯に位置する田舎町El Bolsonに住む41歳男性(患者Iとする)がハンタウイルス肺症候群(以下HPS)を発症しました。彼はICU管理が必要となり、150km離れたBariloche(人口80000人)の町に移送され、ELISA法によるシンノンブルウイルスに対するIgM抗体の特定と、RT-PCR法によるHVのRNAが検出の結果、シンノンブルとは異なる新たなハンタウイルスが原因であることが判明しました。
患者Iの発症から21日後に母親(患者B)、20日後に主治医(患者A)がHPSに罹患。患者Aの配偶者の医師(患者C)は、患者Aの死後19日後にHPSに罹患しました。
患者Cは首都Buenos Airesの病院を受診しました。そこで彼女の病歴聴取と検査を1時間にわたって行った医師(患者D)は、その24日後にHPSにかかりました。患者DはBuenos Airesの外に出たことは無く発症2ヶ月前の期間中にネズミとの接触歴もありませんでした。患者Dは、患者Cの静脈穿刺した部位を圧迫するのに何層も重ねたガーゼを使ったので、明らかな血液暴露はなかったものと考えられています。そのほか、患者CとDの間での唯一の接触は、患者Cは首都Buenos Airesの病院を受診してから2日後のものであり、Dが病院のICUに別の患者のことでちょっと立ち寄った、というものでした。
Buenos Airesの40歳の医師(患者E)は、友人である患者Cが入院した17日後にHPSを発症。患者Eは患者Aの友人でもあり、患者Aの死後3日間El Bolsonに滞在していました。E医師は入院中のCも頻繁に訪問していましたが、患者Cを含むHPSの患者の治療には関わっていませんでした。
5人目の医師のHPS患者(患者F)は、患者Bに気管挿管し患者Iと患者Gを診察しました。彼は同僚である患者Aと日常的な接触があり、患者Iの妹(患者H)、義理の弟(患者J)、友人(患者K)との会話したこともありました。
El Bolsonから250マイル離れたJacobacciの町で行われたBの葬儀の場では、Iの家政婦(患者L)に既にHPSの兆候があらわれていた。彼女は、車で患者H, Jと彼らの娘(患者M)とともにBuenos Airesに戻りました。HPSの兆候は、これら三人にもこの11日後からそれぞれ現れました。患者Hと患者Jは患者Iの家に泊まったことがありましたが、患者Mは、この葬儀以前にEl Bolsonに来たことはありませんでした。

fp_lc_09_02.jpg

2つめのHPS症例のグループは、Barilocheの町で発生しました。新たな患者はEl Bolsonの患者が運ばれた病院(ベッド数40床、ICU3床の近代的な病院)に関係のある4人でした。病院の夜間受付係の患者N、HPSに無関係の患者の見舞いに来た患者O、27歳男性の患者Pとその妻である患者QがHPSを発症したのです。患者Pと患者Qは、9月20日(彼らの胎生27週の子供が生まれた)から10月27日(その赤ん坊が亡くなった日)までの間に、何度も来院しており、患者Nとの接触の機会が何度もありました。患者P、患者Q、患者Nの3人は、共用の金属製のストローを使用してマテ茶(アルゼンチンで飲まれるお茶)を一緒に飲み、患者Pは患者Nの野営テントのベッドで一緒に寝たりしていました。患者Pと患者Qの赤ん坊は腹部膨満とショック症状により生後37日で死亡しました。臨床所見からは壊死性腸炎が考えられましたが、この乳児の血清学的あるいは組織学的検査からは確定診断は得られませんでした。
El Bolsonでの残りの3人のHPS患者は、44歳男性の患者G、29歳男性の患者R、14歳男性の患者Tです。患者Gと患者Tは、他のHPS患者の中に友人や知り合いが何人かいたが、症状が現れるまでの6週間までの期間中に、HPS患者との接触機会はありませんでした。
患者Rと患者Uは両方とも、同時に発生した散発性のHPSと考えられました。患者Rはチリの山間部に住んでおり、El Bolsonに来てからHPSの兆候が現れました。患者Uは、El Bolsonの150km南の国立公園で働いていた33歳男性で、El BolsonのHPS患者と接触する機会は無かったものと考えられます。

全体的に見て、20人の患者のうち11人(55%)が男性、平均年齢は38歳(13-70歳に渡る)、死亡率は50% (死亡したのは患者I, A, B, E, L, N, O, P, Qの9人)でした。11月から12月にかけては9人中3人が死亡したのに比べて、10月に発症した7人のうち6人が死亡と、死亡率はアウトブレイク後半のほうが低下しました。臨床症状は、アメリカにおけるHPSによく似ていましたが、結膜充血、頭頸部の皮膚紅潮という所見がいくつか見られました。咳症状は少なかったことから、咳による飛沫感染はヒトーヒト感染の決定因子では無いということが考えられます。

このアウトブレイクに関しての調査では、最初の患者Iが発症する数週間前にBとLと共に移り住んだEl Bolson郊外の「レンガ作りの家」が注目されました。二人の医師(患者Aと患者F)と、患者Hと患者Jはこの家の訪問歴がりました。患者の発症から1ヶ月後、この家と付近の建築物が詳しく調べられたが、ネズミが居た証拠となるものは発見されませんでした。El BolsonとBarilocheの患者の住居の周辺地域と、自然区域におけるtrap success(100晩罠を仕掛けて捕まえられたネズミの数)の結果からは、この時期に特にネズミが増加していた訳では無い、ということが分かっています。


いかがだったでしょうか?このアウトブレイクは未だに謎だらけです。ヒトからヒトへの感染があったのは確実と考えられていますが、感染経路(直接的な接触?糞尿?感染性のあるエアロゾル?汚染された何らかの媒介物?)は未だに判明していません。ハンタウイルスは分離培養がなかなか難しいので、病気のどの時期で感染するのか、接触方法や接触持続時間がどのくらいだと感染するのか、なども現在のところ全く不明です。さらに感染最初の発症者、患者Iがネズミと接触した形跡がないとすると、このウイルスは一体どこからやってきたのでしょうか?

出典
CDC,EMERGING INFECTION DISEASES,Volume 3, Number 2—June 1997
Dispatch,An Unusual Hantavirus Outbreak in Southern Argentina: Person-to-Person Transmission?
Rachel M. Wells*, Sergio Sosa Estani†, Zaida E. Yadon‡, Delia Enria¶, Paula Padula‡, Noemi Pini†, James N. Mills*, Clarence J. Peters*, Elsa L. Segura‡, and the Hantavirus Pulmonary Syndrome Study Group for Patagonia §

テーマ:医療・病気・治療 - ジャンル:心と身体

  1. 2011/11/24(木) 12:44:11|
  2. ハンタウイルスについて

プロフィール

Author:羽貫琉伊
漫画「Final Phase」の登場人物。
架空の人間。
ウイルス、感染症、疫学の研究をする日々。
専門はハンタウイルス。

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